英国発リバティプリントとオーガニックコットンで布ナプキンを作りました。選ぶ楽しさがある布ナプキン専門店です

                      リバティの歴史 

アーサー・レイゼンビィ・リバティ
                            
                             アーサー・レイゼンビィ・リバティの肖像画
  

















 アーサー・レイゼンビィ・リバティは小さな地方都市の服地屋の8人兄弟の長男として生まれ、「リバティ」商会の経営者として大成功をおさめ約50年後にはバッキンガムシャー州知事として故郷に凱旋しました。経済的な成功や政治的な活躍は非常に大きなもので、さらに特筆すべきは、長年にわたる装飾芸術の分野における貢献と業績です。この業績はリバティは英国王室より「サー」の称号が与えられたほどです。

 

1875年にアーサー・リバティによって「リバティ」商会が創設されました。リージェント・ストリートの一角に「イースト・インディア・ハウス」という名前からもわかるように、「リバティ」は日本や中国、インドからなど東洋の珍しい製品を輸入しイギリスに紹介、販売することを目的として設立されたのです。リバティは東洋の製品を輸入する貿易商として大成功をおさめたが、その名前がより広く世界に知られるようになったのは、「リバティ」が、1880年代からは始まり1900年ごろその最盛期を迎えるアール・ヌーボー運動の一大拠点となり、イギリスのおけるアール・ヌーボー運動の発展地になったからです。
 
チューダー朝様式のリバティ百貨店

                                           チューダー朝様式のリバティ百貨店
   










   ロンドンのリバティ百貨店は人々の日常生活に必要なあらゆる製品を扱ってる。シルクやコットンなどテキスタイルやドレス、家具やインテリア製品、壁紙、カーペット、陶磁器やガラス製品、銀製品、ジュエリーの販売を行っています。
** リバティ・シルク **
1978年「第3回パリ万博博覧会」に「リバティ」商会は「リバティ・シルク」を展示しました。
絹布は、インドで手織りされ「未さらし」の状態でイギリスに運ばれました。その後「リバティ」商会独自の工程によって染色、木版を用いて職人たちの手でプリントされたデザインは殆どが古いインドのデザインで、その多くが植物であり特に小花模様だったようです。

リバティプリント シアラ バティック調デザイン

Ciara シアラ :バティック調のこの柄は紙に古いロウソクを垂らしてデザインされました。
ライナーとパッド3枚セット Ciara シアラ



** リバティ・カラー **
リバティは染色業者のトマス・ウォードルと共に東洋の染色技術を研究、実験を繰り返しました。彼らはついに優雅で明るいパステル調のシルクを作り出すことの成功します。柔らかい美しさを持つその色合いは「アート・カラー」と名付けられ、やがて「リバティ・カラー」と呼ばれるようになり世界中の人々に親しまれることになったのです。